◆美容院の間隔感覚

美容院。行かなくていいのなら、できるかぎり間をあけたい場所である。頭をいじられるふしぎな感覚、余暇時間のはずが会話をがんばらないといけない苦行の時間、さらに金銭を支払って、ようやく理想の髪型がうまれる。こう書いてみると、わたしにとっては結構つらい場所のようだ。

いっぺん行ったら次いつにすればいいか悩むのも困ったところだ。そう、美容院は「切られる」こと自体よりも、それに付帯するいろいろのほうが厄介なのだ。病院のように「○週間後にまたきてくださいね」と言われないので、目安がむずかしい。

仮にそう言われたところで、目に髪がかかろうと髪を乾かす時間がのびようと「行かなくていいや」と思えばいくらでも先延ばしができてしまう。けっこうそんな感じで過ごしてしまうので、最悪の場合ツーブロックのツの字もなくなってから美容院に行くときがある。髪型が崩れることに嫌悪をおぼえつつも、美容院の予約ページにアクセスするのはかなりのエネルギーが必要なのだ。

「このままではいけない、ツーブロックに失礼だ……。」

かっこよく仕上げてもらった髪型を見て、そう思ったのは1ヶ月前。ツーブロックは1ヶ月でずいぶん変わる。さいしょの「いい形」──すぐ乾き、シャンプーも少量で済み、襟足を触ると気持ちよく、サイドのブロックもキッチリと決まっている期間は、悲しいほど短い。1ヶ月たったいま、鏡越しで、わずかに伸びたトップの髪をかきあげてみる。まだ、下のブロックは生きているようだ。これまでいい加減に美容院に通っていたが、ここで心が決まった。

「サイドがトップと同化しはじめたら美容院に行こう。」

これはわたしがめんどうくさい・めんどうくさくないといった怠惰な感情ではなく、ツーブロックそのものへのリスペクトによる。「かっこいいもの」が朽ちるのをそのまま捨て置くことはツーブロックへの冒涜だ。そんな輩に、ツーブロックを続ける資格などない。メンテナンスも込めてきちんとツーブロックを維持し、育てる(?)ことこそ、わたしにできる最大の愛情表現なのだ。

謎の使命感を抱いたアラサー女は、今日もサイドの髪を入念にチェックする。まだもう少し、だいじょうぶそうだ。

今日も読んでくださり、ありがとうございます。みなさんがどれくらいの間隔感覚なのか、ちょっと知りたくなりました。

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