暇さえあれば、地方のことを考えている。目的語が大きいな。なんといったらいいか。住むことを考えることもあれば、それ以前に何の問題があって、みな東京にやってくるのかを考えたりもする。引っ越す以前に、東京でないところにいるということが、全然わからない。どういうことなのか。暮らしているよそからの友達は、東京はいいよとか、東京にきて、戻る気はそんなにないかなとか、話しているのを聞く。そのよさも聞けば「そうだよなー」と思うし、正直、車がなくてもいいのはとても大きいと思う。中心と周縁という考え方も相対的で、日本という小さな国の中での相対化にすぎないので、本当に些細な部分のこと、なのかもしれない。国や大陸単位でもおもしろいのかもしれない。
さて、地方の問題は地方だけでなんとかなるわけではない。個の問題はあれど、首都圏への一極集中をつくりだす構造的な問題がなによりも大きく、揺らぎがたいところだと思う。さらに、場所によっては、地方創生に際してふしぎなコンサルタントが入っているところもあり、自社やグループで行政を囲うことで公金を洗浄して懐に入れてしまう、といった手法があるらしい。こちらについては、菊池寛賞をとった作品が東北地方の地方創生ビジネスを追う内容であり、インタビューはみたのだが、新書のかたちだったのであらためて読みたいと思っている。
ばくぜんとした憧れからはじまって調べてみると、いろいろ知らないことが出てくる。精神疾患の世界に入ったときも同じようだった。それが楽しかったのだ。別に今がつまらないではないが、もっと楽しいことが出てきて、知りたいと思い、調べているだけなのである。どこかに越すということは、東京ならざる土地への憧憬もあれば、ややフィールドワーク的な関心も強い。全部の市町村を元気にしよう!というのは難しいかもしれないが、それでもかかわるきっかけや人の動く流れを作っていくためにできることはなんなんだろうなーということを、都心の雑踏をみながら考えている。
読んでくださり、ありがとうございます。それがえらいひとにはあんまり伝わらないのです。

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