美容院に行って1ヶ月とちょっと、髪がだいぶ伸びてきた。きれいに整えてもらったツーブロックはすっかり影をひそめてしまい、見かけはただのショートカットに成り果てた。髪を洗うときにかきあげて、後ろにもっていくとしっかりブロックは出てくるのだが、職業柄、オールバックで出勤するわけにもいかない。せめてもの抵抗として、入浴中はオールバックで過ごす。かきあげた髪をみて「うんうん、やっぱりブロックがないとな。」などと脳内でつぶやき、湯に浸かる。こうしてかつての髪型のおもかげを見てはしょんぼりする日が、ここのところ続いている。

髪が伸びてさびしくなったのは初めてだった。これまでは「そろそろ行かないと」と思って予約すればよかったのが、今回は違う。焼失した美容院が営業を再開するまでに、すくなくとも半年はみておかないといけない。わたしの髪型をここまでこだわって再現できるのは、あのおじさんだけだ。その間、髪は無情にも伸び続ける。「あの」髪型は日々、過去になっていく。それがどうしようもなくさびしいのだ。

髪も爪も、昔からひとより伸びるのが早いらしい。つまり、髪型が過去になるのも早いということだ。どんどん形をかくしてかくして、いつかは消えてしまう。「もっとゆっくり生きていいのよ」と、細胞たちをひとつひとつ、なだめたくなってしまう。自分のからだなのに意のままにならないむなしさだけが手元に残る。

さびしがったところでどうにもならないので、再開までの間をどうしようか考える。ちょうど冬だから、伸ばし続けてもいいかもしれない。半年間美容院に行かなかったことが今までないので、どれくらい伸びるのか想像がつかない。前髪だけ切ってもらってしのぐのが、もっとも安くて楽である。いっぽうで根強く坊主の選択肢も浮かぶ。こちらはなかなか腹が決まらない。両極端な選択肢の間で、日々ゆらゆらと揺れている。

今日も読んでくださり、ありがとうございます。過去になったものはこれまでいろいろあると思うのですが、こんなに尾をひくさびしさははじめてです。