じつは、耳鼻科系に疾患をもっている。疾患といっても大それたものではないのだけれど、湿気の低い冬場や花粉症の時期はマスクを推奨されている。春先に「花粉症ですか?つらいですよね。わたしもです。」と言われても、ちがうのだ……と言いたいきもちを抑えて「はぁ、まぁ……。」なんて、あいまいな返事をしてしまう。

しかしわたしはマスクというやつをどうもすきになれない。理由はいろいろあって、まず耳がやたらと忙しくなること。メガネに加えマスク、さらに冬場の自転車通勤では耳あてが必須だ。いっぺん耳あてなしで走ってみたのだが、凍って千切れそうになった。みっつのアイテムに包まれた耳はそれぞれの方向に引っ張られる感じがして、気持ちが悪い。次にメガネ着用者には痛いほど共感していただけると思うのだが、とにかく曇る。この便利な世の中では「曇りにくいマスク」というのが発売されているが、けっきょくは容赦なく曇る。便利なはずのアイテムに期待をこめて仇になるかなしみは、21世紀になっても癒えることはないらしい。

きわめつけは、メイクの幅が狭まることだ。メイクはファッションと肩を並べる自己表現、なかでもリップはメイクのしあげにあたると考えている。眉、目、睫毛鼻頬と上からととのえてきた作品を、さいごにリップでかちっとまとめる。この、まとめる工程を取り去ってしまうのだから、どうしたって消化不良の感が否めない。メイクをしない方にも伝わるような例をいろいろ考えてみたのだが、季節柄、鍋物でいうところの〆の雑炊や麺類のようなものだ、というのがしっくりきた。鍋物も佳境、煮えたぎるスープにごはんを投入せんというところで「お客様、お時間がまいりましたので終了でございます。」と水をさされるようなもので、やりきれないけれど、時間だからしょうがないかという気もするし、食べたかったなぁと思いつつ、店員に目をやれば伝票とカルトンを持って待機しているし……とにかく不完全燃焼のまま帰り支度をしないとならない、そういう感じである。

表現の幅が狭まるかなしみを抱えながら、ここ数年は冬を過ごしている。だいすきな季節だけれど、ここだけは相容れない。せめてもの抵抗に、いっそ新たな表現を探してみようと、気に入ったマスク探しに励む日々である。

今日も読んでくださり、ありがとうございます。いろいろ見ていますが、布マスクがいいんじゃないかしらと思っています。根拠はないです。