職場に絵を描く人がいる。線画をとりこみ、スマートフォンで着色・加工しているという。一時期デジタル絵にあこがれたこともあったが、当時はゲームにお熱で絵に本腰を入れて取り組める自信がなく、断念していた。

かつて、デジタル画の制作環境にはべらぼうなお金がかかった。大前提としてパソコンで描くものだったうえ、備え付けのマウスでは動きも覚束ない。そのうえで作画ソフトとペンタブの導入を思うと、ライトに絵を楽しみたかった学生のわたしには重荷であった。ゲームでお金がほうぼうに出ていったあとで、残るものはすくない。

それが今はスマートフォンで描ける。線画から作成するのはスマートフォンの画面ではさすがにきびしいそうだが、むかしと比べて作画ソフトの線画抽出の精度は上がっているので、アナログ線画の取り込みも楽なのだという。無料でかなりの機能や技術が提供されており、「レイヤー」「スポイト」「背景の透過」と彼女が口にするたび、昔かじったときの記憶がよみがえって赤面していた。さらにはキャンパスのサイズも待受用、ハガキサイズ、さらにはツイッターのヘッダーやLINEスタンプ用まで用意されており、時代を感じずにはいられなかった。

世の中が豊かになればなるほど、ものごとは多くのひとに広まっていく。平成も終盤になった今、アナログのみならずデジタル絵もが、すでに特権階級(というと大げさだが、比較的経済的に豊かなひとたち)の愉しみではなくなっているのだ。おもえば19世紀ごろだったろうか、絵具が鉱物や金属などの自然物から、人工合成の顔料や石油、タールからつくられるようになり、ぐっと価格が下がったという。これによって、さらに多くの人が絵具を手にすることができるようになったのだった。それとおんなじことが、今もおきている。

彼女の手元から絵具の歴史まで想像が及び、たいへん豊かな昼休みとなった。もう一度、デジタル絵に挑戦してみてもいいのかもしれない。

「また詳しく教えてくれる?」

彼女はにっこりと頷いて、席に戻っていった。

今日も読んでくださり、ありがとうございます。なんだかつかれていたようで、ぐったりしておりました。病み上がりのHPがよめません。