買いものをデパートの冷蔵ロッカーに入れようとするも、500円玉がない。傍らに設置してある両替機は1000円札と2000円札専用らしい。いまどき2000円札を両替するひとなど稀有だろうに、この両替機がそうとう古い型であることがうかがえる。

さて、財布をみてみれば5000円札と100円玉。行きつけのゲームセンターへ両替しに行ってもいいが、ゲームをする予定のない日だったので両替だけのために行くのは失礼である。遊ぶために両替機があるのだ。

正攻法的に、買い物をして500円をつくることにした。たまたま肉が必要だったのでそばにあった肉屋におもむく。そこは学生時代にアルバイトをしていた店だった。フロア全体を改装したため働いていたころと店の場所もレイアウトも変わって、小奇麗なかんじだ。

肌は荒れ放題、化粧もしておらずやぼったかった頃の職場なので、ツーブロックで原色メイクの女が元従業員だと気づく者はあるまい。店の奥と店頭に交互に目を遣る。知らない店員の方がとうぜん多かったが、働いていたころに在籍していた人を数人確認できた。午前中に入っていた主婦の方はだいたいいらしたので、定着率のいい職場なのかもしれない。主婦の方はおとななので、こどものように数年で見た目が変わることもない。彼女たちのようすを見ていると、ちょっとタイムスリップしたような感覚におちいる。あのときからもう10年弱が経っているというのに。もう、わたしも法的に認められるおとなになってしまった。閉店後に同年代のバイトのひととわちゃわちゃと会話していたことや、午前中の主婦たちに「みかげちゃん」とかわいがられていた頃のことがよみがえってくる。

イレギュラーの大発生するしごとの代名詞である接客などもはや金輪際できないし、やろうとしないだろう。よく2年も続いたなぁと感心しながら、若い販売員に肉を計量してもらう。おもえば肉もさほどすきでないくせに、どうしてここで働いていたのか。若いときの選択の基準はよくわからない。

そのままレジで500円玉をつくり、ロッカーに預けてその場を去った。

今日も読んでくださり、ありがとうございます。学校も職場も終わるとそこで人との関係も終わるとかんがえるので、終わったところの連絡先はすべて消しています。逆にゲーム関連は終わりがないのでけっこう残っているひとが多いです。