旅の動機につづき、旅シリーズ。今回は知り合いの展示とそれに伴うイベントのため、宮城へ。田園風景の続く山の顔と港を抱える海の顔があり、走っていてなんだか気持ちがいいところだ。街灯も少なく夜空がきれいなのもよい。今回は復興途上の町・女川の現状も見ることができ、町のありかたについても考えさせられる旅だった。
旅の途中で道の駅や、物産館に寄るのがすきだ。両者とも観光土産を除くと、現地の物価がよくみえる。また土地ならではの名産があり、こんなものもあったのかという発見ができる。市場はより生活に根ざしているので、もっとおもしろい。日々の中に市場があればどんなにいいことかと、しかたのない土地に住んでいるくせに憧れてしまう。さかながいきいきしているのは、さかなずきとして素直にうれしい。
そんなことなので、道中で買うものにも変化が出てきた。旅をしはじめた頃は旅行感がほしかったからなのか、おみやげ的なお菓子ばかりだった。今では帰ったあとで、日々の生活に取り入れるものばかりになった。今回の旅でいえば三陸のわかめやほたてといった海産物と名産品のかまぼこ、それと写真にはないが道の駅で野菜も買ってしまった(かぼちゃ・ほうれん草・大葉・にんにく・パプリカ)。野菜は東京で買うのがばかばかしくなるほど安く、新鮮だった。さほど遠くないので、さっと買って持ち帰れるのは近場のよさだ(といいつつ、鹿児島でも野菜を買って送った)。
こういった買い物は、旅と日常が地続きになる感じがする。旅のできごとが東京に戻っても解体されず、そのまま日々に溶け込んでいく。土地の物語が自分の生活に流れ込むような感覚、このことがうれしい。心躍り、生活がぐんとたのしくなる。そしてまたどこかの物語を感じたくなって、旅をする。
生活と密接になればなるほどやることは増えるけれど、こういった旅の楽しみかたは生活をしてみないとわからないものである。

今日も読んでくださり、ありがとうございます。書き終えてみて、生活がだいすきなんだなと気づきました。