◆『九条の大罪』第7審「弱者の一分❻」

 1週間が早い早い。ところで、『九条の大罪』が連載をはじめてから、早く読みたいので間に合う時間に出勤できるようになった。月曜日だけだが……。

前回まで(第5,6審)のあらすじ:半グレの後輩・金本の依頼を断れず、自宅を大麻の小分け場にされてしまった曽我部。一生金本の言いなりになってしまうことと罪を受け入れて真っ当な罰を受けることの間で逡巡しつつ、相手先に薬物を運んでいた。一方そのころ、九条の依頼で烏丸は、出所後の障害者を法的な立場からサポートする司法ソーシャルワーカー・薬師前に、曽我部を金本から引き離すためのシェルターと、両親への連絡先を調べるよう依頼していた。
 薬物を運んでいるところを現行犯逮捕されたという報せが九条の元に入る。取調室で九条は、曽我部に金本のことを決して話さないこと、そして、曽我部の自宅へのガサ入れ(警察の捜査)が入った際に関係者として連行された金本には黙秘を通すよう伝える。事務所にて、九条は曽我部に全ての罪を被せることを語るのだった。

今回の話

 九条の事務所に来た薬師前は、曽我部にすべての罪を被せ、真犯人である金本を不起訴で釈放することに納得がいかず、九条の意図を尋ねる。九条は、曽我部を最も安い(軽い)刑で済ませることが目的だという。曽我部は前科があるため、実刑を免れることができず、出所して5年以内の逮捕のため、刑が重くなってしまう。薬物所持の場合、自宅で電子秤と薬物の入ったパッケージが見つかった時点で営利目的と判断され、実刑3年の求刑となることが常だが、それを単純所持(ただ、自分が使うために所持していること)として処理できたなら懲役は1年と軽くなる。3年が1年と半分以下で済むことに対してなんの文句があるのかと九条は問う。
 それに対し薬師前は、法律のことを聞いているのではなく、倫理的な側面からみてどうかしていると声を荒げる。九条はそれを聞いて、曽我部には軽度の知的障害があるかもしれないが、薬師前が想定しているよりもものごとの道理を理解しているという。その真意がわからず、薬師前は以下のように言う。


「いいように人を言いくるめてなんでもかんでも立場の弱い人に負担を押し付けるのが先生の道理ですか!?そんなのおかしいわ!弁護士が弱い人を守ってくれるんじゃないんですか!?」

『九条の大罪』第7審より

 それを聞いて「やれやれ」と言わんばかりの態度を示す九条。ここで、烏丸が薬師前に、再び曽我部の引受人になってほしいと頼む。帰住先の環境調整をしてもらえれば仮釈放も期待できること、情状証人でNPOの理事長にも出廷してもらいたいことを申し添える。薬師前はこの申し出を受け入れるが、九条のしていることは倫理的に許されない行為で、絶対に間違っていると言い放つ。

 場面は変わり、壬生と金本が、金本が完全黙秘を通し、不起訴で釈放されたことについて話している。何かで殴打する音とともに、取り調べの20日間のことを話している。壬生がハンマーで刺青の入った男を殴打している様子を、金髪の男がスマートフォンで撮影している。金本もその様子を見ているようだ。壬生は不起訴祝いに焼肉を予約したので九条を誘って祝おうと言う。さっそくスマートフォンで九条に連絡を入れて礼を述べる壬生。今回の件で九条は、壬生の周り(要するに反社会の人間だろう)で話題になっているという。九条はスマートウォッチで電話に応じ「大事なのは起訴されないことだ。」と言う。誰にとっても時間は大事で、裁判沙汰になってから無罪を勝ち取っても価値が低いと。壬生は同意し、九条を焼肉に誘うが、仕事で山積みなので無理だと断る。壬生は電話口で血みどろのハンマーを震える金髪の男に手渡し、「また近々に先生のお世話になります。」と伝えるのであった。

 場面は曽我部のいる刑務所(になるのかしら)に移り、薬師前が出所後のサポートを行うと伝える。金本と縁を切り、シェルターでしばらく暮らしてから職場を用意するとも。曽我部はうつむいたまま話を聞いている。薬師前が様子を尋ねると「また同じだよ」と曽我部は言う。前回の出所時に薬師前が紹介してくれた仕事は続かず、自分のような中途半端なみそっかすはどうせまた悪いことになるのだと。前の刑務所でも同室の受刑者から熱湯をかけられたときに差別的な発言を受け、立派な障害者になって見返してやると息巻いていた時期もあったが、どこに行こうと結局何も変わらないと曽我部は言う。金本に入れられた「うんこ人間」の刺青を薬師前に見せ、父は同じものを額に入れており、自分たち親子は一生弱者の烙印を背負って生きていくんだと諦めている様子だ。
 それを聞いた薬師前は、父が医者に依頼して刺青を消したことを曽我部に伝える。素人の彫ったもので深さもまちまちのため、壮絶な痛みがあることを確認された上で臨んだという。曽我部が5年前に刑務所に入ったとき、父は自分の不甲斐なさを責めていたことを語る。そこで薬師前は、真実を供述してもよいのだと曽我部に伝える。人をカモにするズル賢い人間はやり返さない人間を選んで面倒を押し付けるものだが、何も怯えることはなく、キッチリ対応すれば必ず引くと伝え、罪を全てかぶることは馬鹿げていると話す。
 しかし、それに対して曽我部は、薬師前は何もわかっていないと言う。九条は自分を守るために自分に全ての罪を被せたのだと言う。九条は、法律は人の権利を守ることはできるが、命までは守れないという。今のタイミングで真実を話せば、曽我部は出所したときに殺されるという。金本と縁を切るのであれば、受刑の後でないと命の保証がないと。薬師前は黙って九条の話を聞き、曽我部は全てを受け入れる準備ができているといわんばかりの、毅然とした表情をみせるのであった。背景にはさきほど壬生が装着していた血塗れの手袋がワゴンに乗っている。その罪も、壬生は別の男に被せてしまったのだ……。

感想

 「倫理的」とはなんなのか考えさせられる1話であった。とはいえ、現行犯逮捕されてしまった時点で曽我部が最も軽い刑で済み、かつ命の危険が小さいのは九条の選んだパターンになるので、福祉的な視点からしても、人命を尊ぶことを思えば今回の結果は受け入れるしかないだろう。事実とは異なるが、これが最も安全であることに疑いはない。前話で取り調べにビビっていた金本が「曽我部の野郎がうたった(本当のことをばらした)んですか?」と威圧ぎみに言っていたことを踏まえると、曽我部の口から真実を語ることはリスクにしかならない。また、それに対して九条は「それはない。」と否定している。金本は不服そうな表情をみせるが、自分が窮地にあるとき、手を差し伸べている九条を疑うことは到底できないだろう。
 薬師前はソーシャルワーカーなので、支援する相手が最も不利益を被らない形を想定して動く。前半にあったやりとりは確かに気持ちとしてわからなくはないが、一方で、そうでない選択肢を取った場合に曽我部が金本から隔離され、安全に生きることは極めて難しくなる。それを伝えられても、何か割り切れないことがあるようである。感情としてはわからなくはないけれど、死んでしまったら元も子もないのだ。

 さてさて、壬生が男を殴打する場面に描かれた駐輪禁止の看板には渋谷区とあるので、やはり舞台は東京のようだ。登場人物の名前が京都に関する地名なのでどうなのかな、しかしどうみても東京都心だよなあ、と思っていたので、ここで地名が出てきたことはおおきい。金本の件で、反社会のコミュニティの中で九条は話題になっているようだ。今後のエピソードでも、反社会の人物たちが出てくることが予想される。それにしても壬生は首元に鷲?鷹の刺青が入っていて、組の名前もそういう感じなんだろうか?ヤクザの中でもどのあたりのポジションにいるのだろうかなど、気になるところが多い人物である。『闇金ウシジマくん』だとハブに似た見た目だが、頭は切れる感じだ。応答する九条がスマートウォッチで通話しているのも時代を感じさせる。九条は弁護士でありながら家を持たず、食事もコンビニ食とこだわりが少なさそうでありながら、そういったガジェットには手を出す男のようである(誰かからの贈り物かもしれないけれども)。

 そして今回の見所はなんといっても、最後の曽我部である。第5審で、「いい人の周りにはいい人が集まり、悪い人の周りには悪い人が集まる」といった曽我部の思想は、ここでも色濃く出ている。自分を「悪い」「だめ」「みそっかす」の世界に落とし込むことで、今回のような境遇に至った自分の運命を受け入れようとしている。その物語の中途で薬師前が語った、父の刺青の話には驚き、何かを感じたようすだったが、いずれにしても、自分の命を守るために九条がしてくれたことを理解し、薬師前の提案を退ける。これが序盤に九条が言った「彼はあなたが思ってるより道理を理解してる。」に接続され、ここで薬師前は曽我部に対して返す言葉を失う。真実を語ることは必ずしも正義ではなく、ときに本人を守るために放った嘘が、法律を経由することでさらに強固なものとなって曽我部を守るものとなっていることを示している。

 九条のやり方は、ものごとの真偽や倫理観の有無ではなく、依頼者がもっとも不利益を被らない形を、法律という媒体を通して実現していくことになるだろう。これは第1審にあった「私は法律と道徳は分けて考えている」という台詞によく現れており、今後のエピソードを読み解く際にも念頭に入れておくべき事項となる。ゆえに、第1審で交通事故に遭った被害者親子に対する眼差しは憐憫に満ちており、全く道徳感のない人間ではないということも表れている。法律と道徳の間で生きることの葛藤や苦しみは、両者を分けて考えている以上避けることができないが、そのあたりも頭に入れながら、今後のエピソードを待ちたい。

 読んでくださり、ありがとうございます。烏丸先生、モデルは米津玄師なんじゃないかとチョット思っています。目元だけ妙にきついですが、髪型や口元が似ています。それと、薬師前のおっぱいがめちゃくちゃでかく描かれていて、何か母性的な包容力といったもののメタファなのかと思ってしまいました。あとスニーカーなのもリアルですな、あらゆる資源へのアクセスを考えれば、衣装に対してスニーカーでもやむなしとな。

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