今週のお話
亀岡は蟹を食べにいこうと九条を誘う。何十件も案件を掛け持ちしていると断る九条だが、聞く耳持たず店へ連行される。弁護士らしからぬ、大衆居酒屋である。
九条が雫から「人の話聞いてくれそうだから」と言われたことを素直に話すと、亀岡は「私は人の話に耳を貸さないって訳?」と間もなく問い詰める。そういうところだとつっこまれたうえに「ご実家の押し入れに感情置いてきましたか?」と、合理的に考えすぎて相手が見えていない時があると言われた亀岡は、九条を「倫理観を燃えるゴミと一緒に捨てた人間に言われたくないわ。」と反論する。お互い、蟹を食べながら。そこで九条は、どうして亀岡が性産業を目の敵にするのかを尋ねる。彼女は、現在の日本の法律は性産業廃止論に近いから、そう思うのは自分だけではないという。それに対し九条は、キャサリン・マッケンノンというアメリカの弁護士の名を挙げ、亀岡が彼女をリスペクトしていることを引き合いに出し、社会全体が抜本的に男性中心主義でてきていると思い込んでいるのかと問う。それに対しやや距離を置いたような態度で亀岡は「そこまで固まった思想ではない」と話し、昔話をはじめる。
亀岡には顔がおんなじ双子の妹がいるのだ。しかし、勉強もしなければ男遊びも甚だしく、性格は真逆だという。顔が同じなのでよく間違われ、ヤリマン子と呼ばれ筆おろしをしてくれと頼まれたり、ショッピングモールの多目的トイレに行こうと誘われたりなど、どのような扱いを受けていたか想像できることを言われ、辟易していたようだ。妹は、当時流行していた援助交際をして父親不明のまま16歳で妊娠したというし、その頃の回想も「おれタネ薄いから大丈夫。」「なら大丈夫かぁ〜」とあまりにものんきだ。親にも言えないまま堕胎できない時期になってから発覚して出産したものの、生まれた娘を施設に預けてしまう。しかし、懲りずに何度も妊娠しては堕ろしていたといい、今でも地元で水商売や清掃員をしながら男を取っ替え引っ替えするような生活をしているという。切実な眼差しをした亀岡は、自分が弁護士を目指したのは今の法律が女性に対して平等ではないからで、その不平等を正していくことが自身の尊厳を守ってくれると信じていると語る。それを聞いた九条はなんともいえない表情をみせるが、特に何も返すことなく、亀岡がとことん飲むモードに入ってしまい、社員証を出してナンパしてくる男に悪態をつく亀岡をタクシーで送ると、あくまで距離をおいて接する。
結局、朝まで過ごしたものの、亀岡はスッキリしたようで、雫を頼むと九条に伝えて別れるのだった。
一方、デリヘルのオーナーから呼び出されたという外畠は、なかなか現れないオーナーを待っている。駐車場で待っていた彼の後ろから、屈強そうな男が家庭用の燃やせるゴミ袋を被せ、拉致に成功したことを壬生に連絡する。壬生は両手にグローブをはめ武器も持っており、準備万端だ。自動車工場に座らされた外畠は、壬生からデリヘルの女の子を送迎後に強姦したことについて話をされる。今いる場所も話している相手も見えないまま、状況が掴めない外畠に対し、壬生は首筋にスタンガン(おそらく)を押し当て、大事な商品に手を出した代償として、局部を一生使えなくしてやると言う。弁明の余地なく、スタンガンを局部に押し当てられた外畠の断末魔が工場内に響くのであった。
感想
最後の制裁のページが大ゴマ→小ゴマなのは、断末魔が消えて失神したことを示しているのだろうか。しかしわれわれが思っているほど、スタンガンで気絶したり人が死んだりすることは(ほぼ)ないらしいので、もしかしたらスタンガンじゃないのかな。そのあたりは考察してもよくわからないし、調べても出てこないので割愛する。
さて、今回もきれいな構造をした1話だった。序盤で亀岡は九条を「倫理観を燃えるゴミと一緒に捨てた人間」と評す。実際、九条の倫理観については、彼が法律と道徳を切り分けて仕事をしている以上、案件に乗ってしまったことについて問うことができない。彼は第1審から忠実に、善悪や貴賎を問わず依頼人の擁護に徹すことを使命として捉えて職務を全うしている。彼の倫理観が実際はどうであるにせよ、今回の話の終わりでは燃やせるゴミを被せられた、倫理観など毛頭ない外畠が、同じく到底倫理的ではないやり方で半グレの壬生から制裁を受けるというのは、うまくまとまっているなぁと思った。しかも、家庭用のごみ袋は有料で、東京ならそこそこの値段がかかる。拉致するための袋にそういったお金をかけるという壬生の手下のセンスはよくわからないが、おそらく亀岡のセリフと対応させるために燃やせるゴミの袋にしたのだろう……。むかしは黒いごみ袋がよく見られたが、最近はあまり売っていないのかなー。
また、亀岡のいう「倫理観を捨てた」というセリフと、壬生の行動における、倫理からのおおきな逸脱との間のギャップを感じ取ることもでき、よくできている。彼女がどこまでアンダーグラウンドな事情を心得ているのかは不明だが、九条の対峙する反社会的なキャラクターたちとの接点はもたず、まだどこか表舞台としての弁護士であろうことがここでの表現から窺い知れる。実際に倫理的であることとはなんなのか、ということについて考えるとインターネット上の、いち漫画の感想記事としては不適切な量になってしまうし、わたし自身の勉強も不足しているためここでは触れないが、今回の話の肝はこの温度差と対比であろう、ということを言いたかった。
さて、読んだあとにぽろっと感想をTwitterでつぶやいたとき、友人から「言葉で関係性を構築していく弁護士の人たちと有無を言わさず暴力で解決していく半グレの人たちの対比がおもしろい」とリプライがあった。どうしてもわたしは九条サイドで感想を書いてしまいがちだが、これは本作において重要な着眼点である。この対比表現の多くは、法(言語)による解決を目指すことと、違法な手段(その多くは言語によらない)で物事をおさめようとすることである。
法による解決を目指すにあたって、九条はこれまで、どのような落とし所があるかをやり取りの中からさぐってきた。彼の言う通り依頼人の貴賎を問わず、である。だからこそ、一見対極にあるような壬生たちの依頼を受け、ときに一緒に屋上BBQをして楽しんでいる。そういった法によるぶぶんと、そうでないぶぶんを絶えず行き来しているところが、九条という人間の魅力なのかもしれない。
さて、「思想信条がないのを弁護士である」という職業観をもった九条に対し、亀岡はそうではない。今回わかったことだが、彼女はしごく個人的な出発点から弁護士を志し、女性が虐げられやすい現在の法的構造に立ち向かっている。現在の法律が性産業に対してどんな見解をもっているかなどは、専門的な領域になるので飛ばすとして、彼女は九条とはまったく異なる立ち位置のキャラクターとなる。なぜなら亀岡には弁護士になったきっかけの中に「女性性の不平等を是正する」という思想信条がある。それゆえに依頼人から「男勝り」と評されたことに噛みつき、流木から結婚について聞かれたことをハラスメントだと一蹴し(第32審)、平等性を保とうとするのだろう。その行動がはたして有効なのかどうかは、わたしにはよくわからないところがあるが、実際の案件である白石桃花も雫のAV出演も、当人の利益や望みに関わらず、自身の目的のために合理的な手段を提示して動くのだ。それに対し九条が「承認欲求か。思想家や活動家はいい弁護士じゃない。」(第33審)というのは、彼女の根幹を痛烈に突いている。しかし、今回、直接のやりとりの中では「合理的すぎて相手が見えていないことがある」にとどめ、亀岡もそれに反論している。この言い方はもしかすると彼なりの気遣いが見え隠れしているのかもしれない、とも思う。彼女の弁護士になった経緯を聞いて複雑な表情なのは、それに共感するでもなく、自身とは全く異なった位相にいることを確信しているからではないかと読み取っている。
これまで「弱者も含めたすべての人権を守るのが弁護士の役目である」とする流木や「面倒な輩相手に高くふっかけてなんぼだろ!」といった山城(かつては顧客ファーストだったと九条が仄めかしているが……)が登場してきたが、亀岡はまた異なる位相にある。しかし、最終的には雫が九条を評したような「人の話聞いてくれそうだから」という一点に彼が徹したことで、最初自分に依頼が来なかったことについて不服に思う亀岡をうまく丸め込んで別れているのである。依頼の有無を問わず、九条は個人=その人の属性でなくその人自体に向き合うことのできるキャラクターとして描かれている。社員証を出してナンパしてくる男が気持ち悪い、中身でこい!と亀岡は悪態をつくが、まさにそういった中身の部分を持ち合わせているのが九条なのだろう。流木が亀岡を呼び出し、ぴったりの相手として九条を挙げたのは、あながち的外れでもないのかもしれない。
さて、真鍋先生のTwitterでは巻頭カラーが「消費の産物」編の最終話になると思われるので、おそらく来週のエピソードで終了することだろう。これから年末に入るので、新シリーズの導入をみて今年はおしまいだろうか。
読んでくださり、ありがとうございます。明日は第4集がいよいよ出ますな。
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