ちょっとしたきっかけがあり、ここ長らくの不調の原因をちゃんと考えてみることにした。じつは「なにが原因かよくわからないけど体調がわるい」ことそれ自体が、理屈屋にとってはたいへんなストレスだったのだ。ここまでなんとなく無視して過ごしてきたけれど、この問題を抱いて年を越すのはやはりすっきりしない。
いろいろ考えが及んだ結果、ぜんぶに全力投球しているせいではないかと思い至る。ぜんぶというのは生活・趣味・仕事・対人関係など、とにかくじぶんが手をつけることすべてだ。ゲーマーたるもの(だからかは定かではないけれど)なにかに取り組むからには達成率を高くしたいという思いが、暮らしの場においては仇になっていたのかもしれない。もし野球選手ならこのまま続けて肩が故障して徐々に年俸がさがって2軍にさがって……最後に待つのは戦力外通告である。おそろしい事態の手前で気がつけたことが幸いだった。
これに気づいたあと、過去の記録を見返す。今年からほぼ日手帳の1日の頁を日記や体調、気になったこと・やりたいこと・できなかったこと・献立や買い物のメモなど雑多に書き残しており、その記録でだいたいのことがわかる。不調はここ最近だと思っていたのが、なんと1月1日からさっそく「調子が悪い」と書いてある。好調な(?)滑り出しである。頁をめくってぱらぱら見てみると、逆に元気な日はとてもすくなかった。これを「むりしている」と言わずしてなんと言うのか。自らの理想と現実を目の当たりにし、わたしはいさぎよく負けをみとめた。
さて、これからどうしていくのかが大事なところだ。活動に対して割けるエネルギーがすくないのだから、いわばこれは「エネルギーの借金」状態である。休養してとれる疲れは「利息」にすぎない。この1年は利息を払うばかりで、元本はきっちり残ってしまっているという感じだ。そういうことなので、まずは自分のスケールを知るのが筋だろう。そのうえであらゆる活動の量や質を見積もって組み立て、生きていけるといいのかな、と思う。今月はあまり忙しくないはずなので、しっかり計測して新年をむかえたい。
今日も読んでくださり、ありがとうございます。来シーズンは身の程をわきまえていきたいとおもいます。