生活がたのしい。とくに料理をはじめとする家事のぶぶんだ。

無制限にあそんでしまうという理由から据え置きゲームをすべて手放したあと自室に残ったのは、本とパソコンと家事だ。家事だけはいつまでたってもおもしろさを見いだせず「やらなければ」「しかたないからやっておくか」などという、消極的な動機からはじめることがほとんどだった。

ちかごろは変わりつつある。手放したゲームの代わりに、家事はゲームとなった。家事は成果がかならず自分に返ってくる。報酬であり経験値だ。これに気づいてから、のめりこむまでに時間はかからなかった。入力に対し誠実な結果が出るのは筋トレやゲームと同じで安心感がある。人生の半分以上をゲームに費やしたにんげんからすると、やっていくうちに効率的な入力で最良の結果ををねらいたくなってくる。 時間短縮のことを調べて試したり業務の順番を入れ替えてみたり、機械を導入してみたがいまいちふるわず売ってみたり……工夫やうらわざ、修行のフェーズだ。さらに余裕のあるときは、ミッションを課すこともある。いつも3品のところを4品つくってみる、食費をn万以内におさめる、そうじきをかけてから出勤する、朝いい気分のときは、窓のさんを拭く。これは……最近のゲームでいうとトロフィーにあたるのかしら。

家事は生活の基盤だ。それがどう形作られるか、彩られるかによって生活の質はおおきく変わる。生活の質は生の充実度と直接つながってくる。くわえて家事はルーチンワークだ。プログラムされていないわりにイレギュラーがとてもすくない。距離感や間や話題をリアルタイムで考えながらやっていく人間関係や、時折理不尽なアクシデントや半強制イベントが発生するおつとめ(こう書くとめちゃくちゃクソゲーだ)をおもうと、リアルワールドにおいて家事は屈指の良ゲーではないだろうか?

家事の攻略を考えていると、敵と対峙しているような気分になってくる。次は何をしかけようか。なにを課そうか。そして報酬は……!?ゲームが家事と接続されたことで、これまでのゲーム人生が点から線になったような気がした。続けてきたことが無意味でない気がして、うれしかった。ゲームにかぎらずこれまで点在していた生の痕跡をつなげていくと、なにかあたらしい世界がひろがっていくような気がする。

今日も読んでくださり、ありがとうございます。先月から取り組んでいる食費制限がたいへんおもしろく、概要としては質はそのまま価格をおとして最大のパフォーマンスをめざすのですが、しばらくじょうずにできたら「衣食住」のカテゴリに書きたいなとおもっています。