◆空想転居の日々

いつか東京を離れて西の方へ住もうと目論でいたものの、いろいろなところを巡るうちに北のほうも候補に入るようになった。


東京にいると、あたかも知っているふうを装ってしまいがちだ。天候にも愛され、物的にも満たされ、アクセスもいいこの場所で、味わえないものといえばその土地の臨場感くらいのものだ。東京にこもっていると、メディアによって得た知識で武装されていく。北海道の冬の寒さや沖縄に直撃する台風、阪神タイガースが優勝したときの道頓堀等々、そういったものを映像でしか知らないくせに、なんだか知ったような口を聞いてしまうことがある。実際にそれらを体験していないので、どこかうそっぽいような響きだ。観光ガイドの解説部分を、ただ上から順に読んでいるひとに他ならない。
むろん東京でしか感じられないものもある。いち早く取り入れられる流行であったり、あらゆる機能を一極集中したがゆえに起こる人の密集であったり、まさにその便利さであったり、いろいろだ。しかし四半世紀を東京で過ごしてみて、自分のライフスタイルと東京の風土が、どうやら両思いではなさそうなことがわかった。

それだからわたしは旅行する。その土地の持つ空気を自分の感覚に落としこむことと、いつか住むところを決める下見の側面がある。著名な観光地を回らず、閑散とした海や公園でぼーっと過ごす日をつくる。そこで行き交うひとびとを見たり、街を歩いたりして東京とは異なるいでたち・イントネーション・価値観を焼き付ける。ここで毎日過ごすことになったとしたらどうなるか、ホテルのベッドで想像して眠る。わくわくすることもあれば、ちょっとうまくいかなさそうだということもある。最終日は名残惜しさを連れて、飛行機に乗り込む。

そうして東京に戻ってくると、たちまちよそへ行ってしまいたくなる。嫌いではないけれどずっと一緒にはいられない、不和とも円満とも言いがたい家族、それがわたしと東京を表すのに適切な間合いだ。

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