「そろそろ行こうか。」
伏せた伝票を持ち、会計に立つ。こちらが「お金を、」と言う間も与えず、出口に着くころには「今日はいいよ。」などと言って、いっしょに店を出ていく。
自然とこれができるひとは、たいへんかっこいい。年も年なので「今日はいいよ。」はともかく、せめて「そろそろ行こうか。」くらいは身につけたいものである。しかし、これがどうにもむずかしい。「間を読む」ということがとても苦手で、だいたい相手にまかせてしまっている。「そろそろ行こうか。」とか「もう少しお話していてもいいかな。」を放ってくれるひとは、救世主である。そうでないとこちらから「行こうか」と言ったほうがいいのか、まだ言わないほうがいいのか、よくわからなくなってしまう。カフェは食事と違って目的が「飲み食い」ではないので、さらにむずかしい。上級編だ。紅茶がカップに残っていても店を出ることはあるし、紅茶のあとに水を一杯いただいてから出ることもあり、その基準が曖昧なので判断に悩む。
「自分自身がどうしたいかで提案してみればいいのでは。」という声もあるが、わたしとしては快い間柄のといっしょにいて、疲れていなければだいたい「どっちでもいい」状態が多い。「どっちでもいい」は選択を躊躇させるので、たいへん罪深い状態だと思う。しかも「どっちでもいい」ではいつまで経ってもかっこいい「そろそろ行こうか。」はかなわない。どうやら自分の感情とは別の、できるだけ絶対的な基準が必要らしい。
いろいろ考えてみたが、もっとも取り組みやすいのは「時間」だろうか。だいたいの時間を自分の中で決めてから約束を受けるのだ。予定や準備が大切なわたしにとって、急なお誘いというのはうれしくもあり、きわめてイレギュラーな事態でもある。だからこそ万人に対して平等な「時間」を差し込んでおくことで、ズレも少なく、ある程度の目安もできてくるのではないか……という理屈である。
これはかっこいい「そろそろ行こうか。」とは程遠いが、まずは「そろそろ行こうか。」と自信を持って言えるように練習あるのみだ。

今日も読んでくださり、ありがとうございます。しごとは行く日・行かない日から終わりの時間までちゃんと決まっているので、そういうところはいいなと思います。