『桐島、部活やめるってよ』(著・朝井リョウ)

2026年の1冊目。あれこれ並行していたのだが、やはりコンスタンスに読み進めるのは出勤中がいちばんスムーズだ。

朝井リョウさんが気になっているのは昨年にも書いたが、あえて流行の方ではなくデビュー作を読んだ。自分が文章を書くことを考えたとき、最近の作品すぎると洗練されすぎていて、吸収できるものが少なくなってしまうかもしれない、と思ったからだ。それと、一応「タイトルに書かれている桐島自体は本編にでてこない」ということはどこかで見たか聞いていたので、じゃあ結局どういう表現になるのだろう、というのが気になって読んだ。

周りの学生たちの短編が続々つづいていて読みやすい構成。感受性は大学時に書かれたものなので、高校生のフレッシュな感じも手にとるようにわかります、といった描写だった。自分がもう30代を超え、高校の頃の記憶などほとんどないような状況なので、ややピンとこないところもあったが、それは自分が作品の標的層ではなかったということで、受け入れる。ただ、この、リアルタイムで「桐島」と、それをとりまくみんなが日々を生き、考えていく過程は、まるで著者がクラスメイトを観察して書いたような感じもして、みごとだった。観察するまなざしとかんたんに言うことはできるが、そのピントの正確さや洞察の深さは誰でも真似できるものではない。そこをどれだけ引き出しながら読者に伝えていくかというのが、小説家の真骨頂といえよう。

というかんじで、お話自体よりも表現と書き手のことを考えながら読んでいった。こう言う意識で読んだことはなかったので、おもしろかった。ジャンルの異なる作品でもそういう読みかたをしてみてもいいのかもしれない。

読んでくださり、ありがとうございます。SFそろそろちょっともどりたいですね。何を読もうか。

コメント