今週のお話
久我は、九条に自身の処遇について尋ねる。まだ、外畠がどれくらい警察に話をしたかわからないし、そもそも久我が手を出したのかどうかの事実確認をする。当日は福岡におり、自分ではないという。ただ、店の女を強姦した話は聞いていたが、制裁するつもりではいたという。九条は完全黙秘で通すよう助言するが、久我は、取り調べ担当の嵐山の当たりがきつく、何か言い返してしまうことを懸念しているようだ。その理由を尋ねた九条に対し、久我は嵐山の娘の事件の犯人・犬飼が地元の仲間であり、自分や壬生を恨んでいると話す。
烏丸は、第1審で話にあがった「日本一旨いたこ焼き」の話を持ち出す。呑気なやりとりの中、嵐山が絡んでくる。半グレやヤクザの弁護をしていることについて、金かと尋ねる嵐山に対し、九条は「いきなりなんですか?失礼ですね。」と常識的な反応を示す。嵐山は、九条の父や兄の話を持ち出し、兄が出世コースに乗っているのに邪魔をするなと警告するが、それを「余計なお世話だ」と一蹴し、自身と鞍馬検事は別の個人であり、属性で括るものではないと話す。話を続けようとする嵐山だが、九条は去る。九条は「被疑者か協力者かでしか人を判断しない」二元論でものを考えるので、そもそも弁護士と話が合うわけがないという。
場面は嵐山、深見(後輩)、又林(先輩)が焼肉屋?鉄板焼きだろうか?で会食している。久我がなかなか口を破らないのは何度も逮捕されて場慣れしているからだと話している。豚の脳みそを食べる深見が、嵐山に食べないのかと勧める。殺害現場を見たあとにホルモンを食べたときのことを挙げ、深見が煽るように「食べず嫌いですか?美味しいですよ?」と話す。激昂し、店を出た嵐山に戸惑う深見は、ヒヤヒヤして様子をみていた又林に事情を聞く。「娘の脳みそを見たことがある親にしかわからん心情だ。」と、検死時に撮影した資料を思い出したのだろうと語る。嵐山は古びたアパートの一室に向かう。袋に入ったヒールからして、娘の遺留品のようだ。賃貸契約は、続けているようすである。娘のスマートフォンにロックがかかっており、6桁の暗証番号を開くため、100万通りの組み合わせの中を毎日毎日何年も試行しているという。部屋の壁には順繰りに6桁の番号を印刷した紙が所狭しと貼り付けられ、試行した番号には取り消し線が引かれている。捜査も裁判も終了しているが、嵐山の中では何も終わっていないのである。いまどきスマホのロック解除は業者に頼めば50万程度で頼めばよいのでは、という深見に対し、又林は「親の執着心だ。その異常行為で殺された娘と唯一繋がっていられる。」と話すのだった。
そして、ついにロックが開き、嵐山が目にしたものとは……。
感想
非常に気になるところで終わってしまった。来週はお休みなので次回は2/7となる。
さてさて、久我についてだが、壬生が実行したということについては裏でやりとりしていない?のか。てっきり京極の命令で壬生が実行→久我が身柄を拘束される形でいこうや。という同意をとっていた流れかと思っていたが、まぁそこも流れを見ていこう。
今回の山場は嵐山と九条のやりとりだろう。ここで、第1審にでてきた「日本一旨いたこ焼き屋」の話がでてくる。以前は、九条が法定速度を破って80km/hで走っているのに烏丸がつっこみを入れたところ、たまたま「日本一旨いたこ焼き屋」の看板を見て、やりとりをするというシーンだ。しっかり定義がないと気持ち悪いという烏丸に対し、「味がついてこないと淘汰される。いずれ暗黙の了解で定義づけられる。」と九条は返す。その後、嵐山とのやりとりがある。嵐山は、その道では有名な弁護士と検事である父と兄を引き合いに出して九条の尻尾をつかもうとする。
ここのところはいろいろな読み解き方があると思われるが、「暗黙の了解で定義づけられる」という部分は九条についてもそうなのではないか、ということを考えた。苗字が異なることもあり、鞍馬=九条であることがどれだけ「世間」に認知されているのかは不明だが、すくなくとも反社会に携わる警察陣営は知っているようだ。そして、彼らには九条が望むか望まざるかに関わらず、鞍馬家の一員として認知される。あえて別姓を名乗っていること、親族との関係を切っていることは、九条なりの、鞍馬家に属さない個体としての自分の示し方であって、父親や兄とは一線を引いている。また、離婚していながら娘のエピソードが時折出てくるあたりも、九条姓への思い(それこそ執着とも言える何かなのかもしれないが、ここではまだわからない)があるのかもしれない。しかしこの一線も「世間」から見たら無意味なものとなる。「味がついてこないと淘汰されるたこ焼き屋」と同じで、一線を引いても鞍馬家の者として見てくる人間は兄・蔵人をはじめとして存在する。世間からの定義づけから逃れられないという点では、九条も同じなのだ。
加えて、九条が刑事の考え方を好かない理由として「被疑者か協力者でしか人を判断しない」二元論にあるという。嵐山は、私的にも家族を殺されている身であり、余計に協力者・検事寄りの思想になることは明らかだろう。九条は依頼人に対する最善を尽くすスタンスであり、依頼人自体の倫理観や自身の弁護に対する善悪の判断は一度脇に置いている。亀岡が関わった白石桃花の話を聞いた際「思想家や活動家はいい弁護士じゃない」と語っていることからも、それは明らかである。今回出てきた嵐山に対して「そもそも話が合うわけがないんですよ」とこぼすのは、単純な二元論(善悪、被害と加害、等々)からは見出せないところのものを九条が見ているからである。このことは、前エピソードの加害者となったしずくと修斗の関係について、いちから話を聞いてしずくに対して親のような対応をしていたことからもよくわかる。そして、この九条の態度こそが、父の墓前で兄・蔵人に言った「あなたには見えないものがある。」といったところへつながるのではないだろうか。
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