◆感想『九条の大罪』第53審「愚者の偶像④」

今週のお話

千歌の仕事の様子がみてとれる。SNSでギャラ飲みの斡旋をしているようだ。居室はハイブランドのバッグやサプリメントとおぼしき瓶があるが、部屋全体としてはすっきりとしている。傍らに映るテレビには、「遊んで食べて寝てちゃダメ?」と問いかけるキャラクターが流れており、眺めるでもなく眺めている。横になっていると整形外科医から電話があり、今晩の女の子のセッティングについてやりとりをしている。ひとりあたり10万円で、半分の5万円が千歌の取り分のようだ。性的奉仕を行うことで渡す金額を加算式にしてノッてくれる女性がいいとオーダーがある。千歌が「金出すならみんなノリいいよ。」というと、「人数が足りなかったら千歌が来たよ。」と山梨医師は返す。千歌は「そんな肉体労働はしたくない」という。ギャラ飲みに限らず、経済的に裕福な男性とお金を求める女性をつなぐ仕事をしているようだ。その後、医師の注文である、単体で出ているセクシー女優に連絡を入れる。つなげてもらった女性は、千歌に感謝している。4人紹介したので10分で20万儲けられたと千歌は嬉しいでもなく呟く。間断なく連絡は入り、数馬の太客であるももよから、売掛金で貯金がなくなって金欠で、仕事を紹介してほしいという依頼だ。千歌は「ちょっと大変だけど一日100万稼げる」仕事のにおいをちらつかせ、ダウンタイムが終わったら連絡するよう促す。一通り連絡を終えると、私の養分たちと彼・彼女たちを形容し、何も負担をとりたくないという。

数馬と千歌のカフェランチの場面だ。お互いに忙しく、サパークラブでの一件以来だろうか、会うのは久しぶりなようだ。数馬は、仕事で身につけた技術を活かして口説くようなことを言う。「俺のために化粧をしてくれたんだろ?」という彼に対して、「人のためじゃないよ。自分が自分であるために必要だからだよ。」と千歌はいう。「ブレないよね」という数馬について、千歌は、自分の人生は東京カレンダーをなぞっていくから迷わないという。お店、服、住む街、付き合う相手、全部載っている。本当はドマーニ(ハイソな雑誌)のような人生に移ろうと思ったが無理そうだったので、そこそこの金持ちを捕まえて豊洲のタワマンでマウントを取り合うのだという。それに対して数馬は、飲み物に喩えて「薄っぺらい。」と重ね重ね言う。千歌は「なんで飲み物縛り?」とツッコむ。千歌は性格上、離婚する可能性が高いので、早めに子供をつくって結婚相手から養育費と慰謝料をぶんどるのだ、と豪語する。

そう言いながらも、大好きなのは数馬だけと千歌は言う。では、なぜ黒豚(小山)と店に来て、消えたんだと問う数馬に対し、千歌は小山とはお金の関係だけだという。小山と寝ているのかという問いに、千歌は「食事だけよ。女の子はいろいろ紹介してるけどね。」と答える。それでも、数馬は他の男と関わってほしくないようだ。千歌は無理と即答し、人に家賃を払ってもらう生活をすると自分で払えなくなる、と、生活のレベルを下げられないと突きつける。容姿を保つのにもお金がかかるという千歌に、ブランド品なんて買ってるからだろ?という数馬。千歌は、顔がブスな貧乏人の男が大嫌いで、そうゆー(原文ママ)人がいる街も飲食店も行きたいのだと。自分の価値が下がるから、港区から出たくないのだと。それに対し数馬は「自分が金持ちになったら俺だけといてほしい。」と告白のような台詞をきめるが、千歌が欲しいものは絶対に手に入らない、それどころか、数馬がお金持ちになったら今の数馬じゃなくなるという。

場面は変わって、地下の部屋に小山がきている。数馬の時と違い千歌も下着で、小山も全裸だ。数馬に言っていた「食事だけよ。」は明白に嘘である。自分の部屋に入れる男は小山だけだという千歌に、歯ブラシが何本もあり、嘘だろうと言う小山。軽く流し、青山のタワマンに引っ越したいとせがむ。あっさりOKする小山だが、自分以外の男を部屋に連れ込んだら絶対に許さない。約束を破ったら覚悟しておけと警告する。千歌は不服そうな顔をして黙っている。

場面は変わり、壬生の自動車工場に。数馬は用意した100万を壬生に預ける。壬生は数馬の頑張りを労い、100万を1000万にする(10倍にする)方が簡単だといい、目指すよう促す。さらに場面は変わり、「家族の距離」編で菅原から奪ったアミューズメント施設跡にうつる。部下である久我が、何をみているのか問うと、久々に飼い主が再会したまとめ動画だと。そう言って微笑む壬生に、数馬を気にかけている理由を尋ねる。すると壬生は、犯罪歴のない人間に任せたい仕事があり、数馬を見定めているのだと、ハンマーで人を殴ったばかりのところでそう言うのだった。

感想

最初、千歌はギャラ飲み女子として紹介されているが、その実は高所得の男性と容姿のいい若い女性を飲み会等でセッティングして収入を得ているところが大きいようだ。そうしてセッティングされた会合に参加したり、性的に接待したりすることに対して千歌は「そんな肉体労働したくない。」「私は何も負担とりたくない。」「私の養分」と表現する。そういった女性たちのことも、ひいては高所得の男性のことすらも、どこか下にみている節がある。その視点はおそらく、小山との愛人契約をしていることに基づくのだろう。そうして得たものは「東京カレンダー」をなぞる人生で、港区マウントを取り合うことができ……という、数馬から言わせれば「実家のカルピスより薄い価値観」だ。だが、千歌はそれでよいのだという。自分の性格上うまくやっていけないので、子供を担保に養育費でやっていこうとするあたりも、したたかさがある。

かたや、数馬はそうではない。千歌に振り向いてもらうために金を稼いでいる。数馬をけしかけた壬生は何か汚れ仕事を請け負わせようと画策している。そして、念願の金持ちになっても、「千歌のほしいものは絶対に手に入らない」「(金持ちになったら)今の数馬じゃなくなる」と、謎かけのようなことを千歌は言うのだ。物的に満たされた今の時点でも、千歌はどこか満たされていない。それが何なのか、というのは、ウシジマくん時代から繰り返し描かれている自己承認の欲求だったりとか、そういうものなのかもしれない。それが何かということは置いておいて、今回わかったこととしては、小山が千歌に、自分以外の男を連れ込まない約束を交わしていること、それを千歌が破っていること、反故にした際の報復があること、そして、それに対し千歌が不満そうにしていることだ。小山の脅しは、10年前の愛美の事件の真相を思い起こさせる。嵐山の読みはただしく、京極とつながっていた。しかし、法的に裁かれることはなかった。自明に約束を破っていることは小山も承知しているだろうし、千歌も同様に、巻き込まれていくのだろうか。

さて、数馬も千歌の家に上がっている。しかし、性的な関係に及んだのかは、ちょっとあいまいなところだ。というのも、数馬は下半身だけ脱いでおり、千歌はシャツを着ている(下はパンツだけだ)。その後の小山との場面では、小山は全裸で、千歌は扇状的な下着姿と、だいぶ同じ場所、同じ構図でもコントラストが強い。数馬との関係性は、両思いというよりは一方通行っぽい感じがする。前回も書いたかもしれないが、東京での生活をへて、千歌は何かを悟ったのだろう。小山について「食事だけ」は嘘であり、数馬の同僚のヤリマンといった表現はほぼほぼ正しい。そういえば、1年前のホテルのシーンでも「何人がこのベッドを使ったのだろう」とぼやく千歌の姿があった。あてがわれている部屋も、感覚としては変わらないのだろうか。

そして、もう一点付け加えたいのが、数馬が小山との関係を言及しているシーンだ。思えば1年前、この立場は反転していた。数馬は仕事として恋愛ドキュメンタリーに出演し、仕事としての恋愛があった。千歌は我慢ならないと数馬を困らせ、仕事だからと宥める数馬の姿があった。そして現在、千歌は小山との関係を問いただす数馬に嘘をつき、愛人契約の一環で性的な関係をむすんでおり、これが1年前の数馬の「仕事としての恋愛」に対応する。金持ちになったら今の数馬はいなくなる、と宣言している。嫉妬深くかわいかった「千歌ちゃん」は既におらず、ブレない「千歌さん」がいる。それでも、数馬は金を稼ごうとする。今回のサブタイトル「愚者の偶像」は、数馬が追い続けている「自分だけを愛している千歌」だろうか。そもそも、数馬はどうしてここまで千歌に執着するのか。ひとがひとを好きな理由は理屈だけではないかもしれないが、あまりそこのところが描かれていないので少し、気になっている。

最後に今後についてだが、壬生のこともあるので、数馬が何かに巻き込まれていき、そこで九条が出てくる線が濃厚だろう。もしくは、先ほど触れたように千歌と小山の間に、何かが起こるか、そのどちらもか、というところだろうか……。

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