◆『九条の大罪』第30審「消費の産物❸」

今回のおはなし

ムーちゃん宅に泊まり、帰途につくしずく。雨が降ってびしょぬれの中、シャワーを浴びて着替える。バスルームは汚れており、洗面台つきなのであまり高い居室ではない。床や洗面器も汚れており、あまり手入れされていない感じだ。

そんなしずくの後ろには、ツーブロックの男性がひかえている。黒Tに短パン、刺青が入っており、あまり社会的には高い存在ではなさそうだ。しずくは男性をみて、やや警戒するようすをみせるが、居室から母が声をかけ、母娘の会話が入る。母はやや肥満体型の女性で、服もだぶだぶのものを着ている。居室も片付いておらず、いかにもだらしなさそうだ。しずくは昨夜帰らないことを連絡したようだが、母は二日酔い状態のようだ。「常連客に飲まされて」というせりふから、スナックか何かで勤務している可能性があり、男性と色違いのTシャツを着ている。水を買うよう指示する母だが、しずくはバイトがあるという。様子を見ていた男性は、障害者手帳を持参し忘れたしずくを叱責するとともに、机をあらためながら、水を買ってくると申し出る。「とのくん」という呼び方から、恋人か何かだろう。とのくん、と呼ばれた男性は落ちていた3万円をもって出ていく。母が焦り、酒屋の集金で払う金だという声を無視して、パチンコですってしまう。

しずくはスーパー、だろうか、どこかのバイトをしている最中に、修斗からの今晩誘いがくる。にすっかり有頂天の様子で応じたしずくは、昨晩のバーに行く。服装は昨晩と同じ「一番のお気に入り」のようにみえる。修斗はボーイズバーのバーテンダーをしているという。しずくは期待していた展開と異なり、やや拍子抜けしたようすだが、会えればなんでもいいかと流す。

修斗の誘いに乗ってゲームをしながらどんどん飲酒するしずく。笑い声を上げながら楽しいと言うしずくだが、どこかその目は死んでいるようにもみえる。ホストかと思ったと言うしずくに、修斗は俳優をしているのでホストはできないのだという。何に出ていたのと尋ねるしずくだが、修斗はうまくかわす。話の流れで、修斗はしずくに夢を尋ねる。しずくは「生きてるだけで精一杯。」と答え、強いて言うなら家を出たいという。親との関係を聞かれたしずくは、母親の彼氏から性的虐待を受けている話を吐露する。ひととおり話したあと我に返ったしずくは、「嫌いにならないで!」と慌てる。修斗は気にも留めず話を逸らし、おそろいの香水を噴きかけるのであった。結局、25,000円バーで使ってしまったしずくだが、すっかり幸せな気分だ。

修斗は、前話でやりとりをしていた相手に架電し、「逸材の地雷女子(しずく)をパンクさせて紹介できる」という。紹介した子が永続的に稼げばその1割がバックされるスカウトはいい商売であると。粟生と呼ばれる男性は、おそらくAV業界の人だろう。粟生は、どんどんいい子を紹介してほしいというものの、女優から強制的にAV出演を迫られたと訴えられてしまい、会社が弁護士と揉めているので時期を見合わせたいという。その返答に修斗はつれない表情をみせる。

場面は永田町付近だろうか……とにかくどこか、日本の権力が集中しているような場所に変わり、女性差別や、性暴力に関する運動をしている人たちがいる。そのなかに、拡声器を持ったスーツの女性が描かれる。彼女は亀岡麗子、人権派弁護士、のようである。

感想

しずくが家に戻りたくない理由は、至極わかりやすく、母のネグレクト気味な応対と、母の恋人からの性的(ときに身体的な)暴力である。この時点で、しずくはこの時点で性暴力の被害者である。また、障害者手帳のシーンからもわかるように、しずくは長期的に精神科の治療を要する病者の側面を持ち合わせている。彼女が自己肯定感をもてない様子はこれまでもたびたび描かれていたが、その元凶が家庭環境にあることは疑いようがないだろう。母の恋人という表現や、家の広さからみて、父親は不在である可能性が高い。本来自身を守ってくれる存在が欠落している上に、そこにあてこまれた男性(外畠)がどうしようもないやつである。かつ、家庭内という閉鎖的な環境でヘルプを出すのは、とくに性被害が伴っているとき、相当な勇気が必要なのが現状である。
また、修斗やムーちゃんとのやりとりを見ると、しずくの語彙は18歳にしては相当に乏しく、広がりがない。学習機会に恵まれなかったのか、そもそもの知的能力がさほど高くないのか、知るすべはないが、そういった意味でも社会性の乏しさや、自身のもつ世界の狭さが窺い知れる。

今回のサブタイトルが「消費の産物」なので、ここからパンクさせてAV業界に紹介される展開はじゅうぶんにありうる。すると、しずくはさらなる性被害をこうむることになる。これまで他者によって傷つけられ続けたことの証左が、リストカットによる自身の存在の確認や、ムーちゃんと同じ刺青を入れることによる同一化をはかることによって、最初のエピソードで描かれたしずくの姿につながるのかもしれない。
また、AV出演することで他者の欲求をみたすことは、消費のひとつのかたちでもある。そういった顛末にいたる(可能性がある)のも、修斗との出会いがきっかけであり、これによって消費の舞台に立つ可能性が大きい。そういった視点からも物語を追いたい。

さて、最後にでてきた亀岡麗子だが、まだ得体がしれない。人権派弁護士というのは、よくわからないので調べてみると、どうやら「人権派弁護士」と言う場合、労働問題や生活保護問題、外国人問題、平和問題など人権にかかわる分野を専門としており、ときには政治的な問題を扱う弁護士というニュアンスで使われることがふえてきているようだ(参考サイト)。最後のシーンは明らかに女性運動であったし、彼女を表すシチュエーションとして、オフィスよりも実践的な運動のほうがふさわしい、というイメージづけの意図もあるだろう。
こういった、社会的弱者を守る立場のキャラクターが社会的強者のステータスをもった女性、というのも、おもしろいところだ。これまでの真鍋作品では、女性はほとんど搾取される弱者として描かれていたし、彼女たちを守るものも行政であることが多かった。それは真鍋作品がそうだからというより、歴史的経緯もふくめて、現在の社会構造として女性が憂き目に遭いやすいことによる。その意味では、きちんと取材をした上で作品を描いているということである。
亀岡麗子は弁護士と、社会的には相対的に強い立場にあり、かつ、人権派というからには、強気を挫き弱気を助けるヒーロー的な印象を受ける。九条とは違った立ち位置の同業者として、今後の活躍に期待したい。

ちなみに、今回でてきた亀岡は京都市の西にあり、愛宕神社が有名だろう。これはまだ想像の域を出ないが、社会的な立ち位置が強かったり、メインとなるキャラクター(烏丸、嵐山、山城、鞍馬)あればあるほど、京都市の中枢や、有名な観光地に近い地名をとられるのかもしれない。そういった意味で亀岡は有名なところにはなるし、薬師前のようにそこそこ出てくるようになる……かもしれない。また、粟生は兵庫県に市があり、京都のなかにも街の名前があてられている。外畠については、横須賀がでてきて京都とのゆかりは薄そうであった。最終的に、本作に出てきた登場人物の名前を実際の地図に照らしてみてみたいものである。

読んでくださり、ありがとうございます。元気にいきたいものです。

コメント

  1. […] 前話の終盤で登場した亀岡麗子が、性産業にたいする演説を行なっている。「強姦は魂の殺人です。」と、亀岡の依頼人の話が始まる。AVへの出演を強要されたというので、おそらく前 […]

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