『クララとお日さま』(著・カズオ・イシグロ、訳・土屋政雄)

『わたしを離さないで』と同じく、「なにかあるんだな、ここは……」という確信だけはありながらも、具体的になにがおこっているのかわからない。語り手であるクララは振り返るようにお話を語っていくが「この時は知らなかった」「これがこんなことになるとは」と時系列にあわせた語りとなっており、読者はほとんど同じ目線で物語を追っていくことになる。

物語がおもしろいのはもちろんのこと、クララは作られた「人工親友(AF)」である。人間そっくりでも人間そのものではないので、通常人間同士では起きえない場面がそこここにみられる。それが微笑ましくもあり、あらためて、命令や指示が入ってこそ真価を発揮するシステムなんだ、と気付かされる。処理ができない命令や質問を受けたときはSiriのように「すみません。よくわかりません。」と答えるし、親友なら一緒にここはいくだろうというところも、何も言われていないので突っ立っていてツッコミを受けるシーンもあり、物語ぜんたいはシリアスな感じなのだが、ちいさなコミカルさもあって、『わたしを離さないで』と比べると読み進めやすさがあったかな?別に読みにくい本だということは全然ないのだけれど、より、読みやすかったというか。描かれた時代が近いこともあるのかな。

お話の本筋も追っていくとおもしろく、満足度の高い一冊だった。文庫で400ページを超えているものの、おもしろくてグングン読み進めてしまった。AIであるクララが語りを進めていくというのも斬新だった。お話がすすむにつれ、わたしはクララの中に「心」や「信仰」をみたわけだが、実のところ、それはどうなんだろうと読み終わった後フと思った。同時に、それを気にすることが必要なんだろうか、という気もした。しかし、結末にせまったとき、やはりクララは目的ありきで作られたモノなんだ、と感じられ、とてもさびしい気持ちになった。むずかしいな。

AIである、ということのほかにも、人間どうしの間にも歴然とした差異が描かれ、考えさせられるシーンがある。ほしい未来をつかむために強く生きていく姿は、それぞれのキャラクターによって異なる。それがぶつかりあうこともあり、各人の主張が全くわからないでもなく、そのぐっちゃりした感じも、現代という時代に生きることの苦しみと同時に光も見出せたのかもしれない。今年読んだ本の中で群を抜いてこころを掴んだ作品だったように思う。

読んでくださり、ありがとうございます。深いためいきとあたたかみでいっぱいになりました。本に気持ちをもっていかれそうになるのは久しぶりでした。

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