■どこからが欲なのか

移住相談をしてからよくよく考えねばと思ったのが、表題の件である。表題の件って、メールでしか使わないからへんなかんじだ。

今は東京という、人も文化もギューっと集積する刺激の宝庫におり、だからこそそれが疲れるという短所もあるのだが、「なくてこまる」という不足の感覚は鈍くなっているかもしれない。滋賀県と愛媛県のお話をうかがったのだが、聞いていると「お、結構当たり前に思ってるものがないんだな」と思った。滋賀でいえば空港や新幹線は少ないし(とはいえ、大阪に出ればいいのと、名古屋側でよければ米原もあるのだが、アクセスしやすいかというと……)観たい時にさっといける映画館、ほどよい感じの美術館は、大きな資本によって営まれているんだなぁと痛感した。イオンがインフラのようになっているのは本当だったのだ。なんとなくこの、大手が暮らしを牛耳っていますというのがかゆくなってしまうところはあり、ただ、地方都市への再分配がうまくいっていない部分もあることからある程度やむをえないところはあり、こういった思いは都心にいるものの傲慢さに他ならないという気持ちもある。

まぁ、そんなことから「ない」ものを求めることが欲なのか、必要なのか、きちんと知ったうえでいる場所ややることを決めていかないといけないな、と思わされた。東京のデフォルトでいくと、「あれもこれもないじゃん」という不足の気持ちにつつまれてしまうので、はたらく環境を変更しようとしている今、こちらにいる間に、果たして自分が本当に満たされるものごとや過ごし方がなんなのか、しぼりこみながら過ごしていったほうが結果的に移住先を見つけやすい気もする。

これまでも、大きな選択をしていくのには、自分が生きる上で大事にしたい要素をしぼってきたと思うが、意識的にこの作業をしていったような感じはないので、空き時間で少しずつ棚卸ししていきたい。逆に、この作業が疎かであることによって、ミスマッチという不幸が生まれやすくなってしまうのかもしれないなと思った。

読んでくださり、ありがとうございます。そのときはそのとき。

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