◆『九条の大罪』第五審「弱者の一分❹」

 唐突に始まる感想記事である。ほんとうは第1審からやりたかったのだが、うまく時間を捻出できないままここまできてしまった。

 今週の感想は

前回までのあらすじ:
 第2審:運び屋である曽我部聡太は、薬物を隠したお菓子の袋を持って移動している最中に職務質問を受ける。その挙動はあきらかに怪しく、前もって警察官数人に尾けられていたようだ。自動車整備会社の社長である壬生は「後輩の下の人間が職質にあったので現場に行ってほしい」と弁護士・九条に依頼する。無事、職質をかわした二人は行動を共にするが、自販機で選べないことや、咀嚼音を過剰に気にしていることから、刑務所から出てきたばかりであることを見抜く。食事中にかかってきた電話に曽我部は怯えた様子で応答し、慌てて事務所を後にするが、薬物の入った袋を置いてきてしまう。曽我部とすれ違いざまに事務所に戻ったイソベン(※居候弁護士の略で、法律事務所に雇われて働く弁護士を指す)烏丸真司は、九条に先ほどの男が曽我部かどうかを尋ねる。烏丸は5年前に曽我部を弁護していたのだった。

 第3審:後輩で半グレ(※暴力団に属さずに犯罪を行う集団)の金本卓に呼び出された曽我部は自宅に戻り暴力を受けて失神する。金本のいうところによると、父親も金本の父親に虐げられていたというので、どうやら親子二代に渡っていびつな上下関係が続いているようだ。曽我部は21歳の頃、16歳の少年等を使った強盗致傷罪で実刑5年の懲役を受けたというが、本当の首謀者は金本であった。当時から金本らは軽度の知的障害者である曽我部を利用して裏で馬鹿にしており、事件当時も嘘の供述をして刑を免れていた。刑務所でも汚物を食べさせられる等の酷いイジメに遭っていたという話を聞き、九条は憂えた表情を見せる。刑期を終えた今でも、曽我部はウーバーイーツと同程度の値段で薬物の運び屋として利用されている。「負の連鎖から逃れられないんだな」と何かを決意したようにこぼす九条。一方その頃、曽我部は金本に、自宅をマリファナとコカインを小分けする部屋として間借りする旨を依頼されていたのであった……。

 第4審:金本らが男をリンチしている間に、曽我部は九条の事務所へ忘れ物を受け取りに来ていた。烏丸は曽我部に、困ったことがあれば連絡するよう伝えるが、曽我部は「弁護士の先生にお願いできることはない」と投げやりな口調で目を逸らす。金本に利用されているのではと尋ねると、曽我部は泣きながら大声で否定する。感情的になったあとで怒鳴ったことを謝ると、九条は「人の話を聞くのが弁護士の仕事です。初回相談無料なので気楽にどうぞ。」と声をかけ、曽我部を見送った。その後、九条は烏丸に、なぜ曽我部が金本とつるんでいるのかわかるかと問う。烏丸は「(金本が)怖いから」だと答えるが、曽我部のような弱者の立場からみた利点があるのだと九条は言う。その頃、曽我部は見知らぬ不良に声をかけられているが、凛とした表情でびくともしない。後ろから金本がやってきて凄んでみせると、不良たちは正座して降参するのであった。結局食い物になることを選んだ曽我部の部屋は、薬物の小分けに利用されてしまう。刑務所は絶対嫌だとベッドに横たわる曽我部だが、部屋の猛烈な荒れようから、救いの手は見出せずにいる……。

今週の話

 月1万で薬物の小分け部屋として利用されている曽我部の部屋は、すっかり金本の仲間たちの溜まり場となっていた。運び屋のついでに使いっぱしられる曽我部は逆らえないまま家を出て、死ぬまで金本等に扱われるのかなぁ、と思いを巡らせている。
 運ぶ薬物は多岐にわたり、マリファナの客は明るく幸せそう、コカインの客はパリピの遊び人で金持ち、覚醒剤の客は年寄りと貧乏人だらけと、モノによって客層も異なるようだ。運び屋は悪いことだとわかってはいるものの、相手が望んで喜んでいるから心は痛まないという。ただ、薬物を使用する人の周りにいる人間は爆弾と暮らしているようで気分が悪いと感じているようだ。一方で、懲役の元になった5年前の事件はオヤジ狩りだったようで、被害者の人生を崩壊させて本人・親族らに酷く恨まれ、本心から許してもらうには一生かけても償いきれないことを感じている。刑務所は辛いが、償いきれない恨みを一生抱えるのであれば、法律で捌いてもらった方が気分が楽だと思いながら、さびれた住宅街を歩くのであった。

 ところかわってどこかの公園だろうか、烏丸が薬師前仁美という女性と話をしている。彼女は司法ソーシャルワーク(※高齢や障害により法律の知識がなかったり、コミュニケーションに不自由のある人に対して働きかけ、法的なサポートをしながら課題の解決をはかる仕事)のNPOの代表になったばかりで、以前、烏丸が窃盗で弁護した畠山という男の話をしている。どうやら畠山も障害があるらしく、高齢の父親に家を追い出されてホームレスになった後、手配師(※人材斡旋を生業にする者を指す)に引っ掛かって劣悪な仕事で体を壊し、3ヶ月物置で、3ヶ月廃車で暮らし、冬にはトイレの温水便座で身体を洗っていたらしい。その後、コンビニで盗みをはたらいたものの、初犯で執行猶予がついたため刑務所に入らず済んでいる。当時の裁判で裁判官に罪悪感について問われたときは「ドロボーは悪いことですが寒い冬の日に温かい飲み物飲めて本当にうれしかったです。ふっ布団で寝れるなら つっつ捕まってもいいと思いました。」と話していたことから、相当追い詰められていたことがわかる。現在シェルターで暮らしている畠山の様子を見に行ったところ、快適だと涙ぐんでいたそうだ。
 本当の用事を尋ねられた烏丸は、曽我部について覚えているかと聞く。彼女は曽我部が出所した際にサポートを行ったことを覚えていた。いわく、犯罪を犯した障害者や高齢者は環境が変わらなければ再犯する確率が高いので福祉のサポートが必要だそうだ。そして、再犯で刑務所に入る前にアプローチをかけるのが自分の仕事だと薬師前は話す。3ヶ月ほど連絡が取れないことを案じる薬師前に、烏丸は曽我部がふたたび罪を重ねていることを伝える。驚いた薬師前に対し、曽我部の更生のため、連絡先不明になった曽我部の両親の現住所と、金本から身を守るためのシェルターを案内してほしいと九条から頼まれたことを伝える。
 九条の名前を聞いた薬師前は少し間をおき、案ずる表情で「なぜあんな、いつ(弁護士)バッジ飛ばされてもおかしくない弁護士なんかの所でイソ弁されているのですか?」と問う。悪い噂しか聞かない、と。烏丸は東大法学部を主席で卒業し、弁護士誰もが望む法律事務所を一年足らずで辞め、九条の事務所に籍を置いている……そのことを薬師前は理解できないようだ。烏丸は「だって、九条先生面白いから。」と。思いもよらない答えに薬師前は驚く。
 その頃、九条法律事務所には曽我部がコカインと大麻所持で逮捕された連絡が入っていた……。

感想

 ウシジマくんと比べると物語の展開が早いようにおもえるが、これは『九条の大罪』が罪を犯す過程に加えて、法で裁かれるという「判決」(結果と、それに対する根拠)にも重点をおいているからだろう、と考えている。週刊誌のテンポとしては、ほどよいのではないだろうか。

 曽我部は第4審で「刑務所は絶対嫌だ」という一方で、金本に従うことによって他の不良に屈しなくてよいという、弱者であり続けることのうまみも覚えている。ただ、金本が曽我部を利用するうまみ(仮に何かがあっても、罪を曽我部になすりつけることができること)に比べると、その深刻さは桁違いである。
 さて、その結果が運び屋の仕事や、実家を薬物の小分け場として請け負うことにつながっているわけだが、その心が完全に「弱者として生きること」に舵を切れているとは到底いいきれない。というのも今回のモノローグから、いいように扱われることへの抵抗感も読み取れるからだ。また、覚醒剤を届けた際に怯えている子供の姿を見て憂える表情や、5年前の事件についての振り返りをみるに、曽我部は金本たちほどモラルの欠落している人間ではなく、一定の良心をそなえていることもわかる。ただ、その思考は「相手が望んで喜んでいるから心は痛まなくてまだマシ」「(オヤジ狩りは)被害者が可哀相で気分が悪かった」と、やや深まらないところがある。
 とはいえ、やっていることとしては「薬物の運び屋」と、どうあがいても罪に問われることであるので、思考と行為の乖離はみられる。通常、人はこういった乖離を抱いたまま生きていると不適応を起こしやすいため、そのギャップを埋めようとすることが多い。思考を行為に寄せるか、行為を思考に寄せるかはそのときどきであるが、曽我部の場合はどうだろうか。九条や烏丸への相談もできず、曽我部から動くことはむずかしそうである。それが薬師前の話す「環境が変わらなければ再犯する確率は高いままなので福祉のサポートが必要です。」につながってくるのだと思う。じっさい、高齢者の再犯率は平成30年度のもので50% を超えており(平成30年度『犯罪白書』より)、知的障害者については軽度・重度の別がなく、かつ古いデータになるが、平成25年のもので69%ほどと、だいぶ高い(『日本福祉大学社会福祉論集』128号「高齢・障害犯罪者の社会復帰支援施策の現状と課題」より)。

 さて、薬師前がサラっと使っている「特別調整乗らなくて」と「出口支援で仕事と部屋探しをサポートしました」だが、まず「出口支援」は、刑務所を出所した人を福祉につなげるなど、更生するための環境を整えることである。これは、言葉そのままでイメージもつきやすい。
 「特別調整」というのは、わたしもここで初めてみたので調べてみたのだが、平成21年度から始まった、比較的新しい制度のようだ。背景としては、親族等の受け入れ先のない満期釈放者の増加や、そのうち高齢・障害により自立困難な人がおよそ1000人にのぼることから、そういった人々が出所した後すぐに医療・介護・年金その他の福祉サービスを受けられるよう、刑務所等の専門職(社会福祉士などがそれにあたるだろうか)を活用した相談支援体制を整備し、円滑に社会復帰ができるようにつくられた制度である。
 この「特別調整」の対象になるには以下の条件をすべて満たす必要がある。

  1. 高齢(おおむね65歳以上)であり、又は身体障害、知的障害若しくは精神障害がある(これら障害の疑い含む)と認められること。 
  2. 釈放後の住居がないこと。
  3. 高齢又は身体障害、知的障害若しくは精神障害により、釈放された後に健全な生活態度を保持し自立した生活を営む上で、公共の衛生福祉に関する機関その他の機関による福祉サービス等を受けることが必要であると認められること。
  4. 円滑な社会復帰のために、特別調整の対象とすることが相当であると認められること。
  5. 特別調整の対象者となることを希望していること。
  6. 特別調整を実施するために必要な範囲内で、公共の衛生福祉に関する機関その他の機関に、保護観察所の長が個人情報を提供することについて同意していること。

 すべて満たすということなので、どれが曽我部に当てはまらなかったのかはわからないが、烏丸の話から軽度の知的障害者であること、薬師前が部屋探しをサポートしたことから、1と2は外れる。あとは予測の域を出ないが、いちばん起こりえるのは5の「対象となることを希望していること」を拒否した、というケースだろう。これは薬師前の「特別調整乗らなくて」の「乗らなくて」を、支援者の提案に対して本人がそのレールに乗らない、といったような意味で解釈している。
 ここからは深読みに基づく仮定にすぎないのだが、この「軽度の知的障害者」というのがじつは設定の肝であり、曽我部が自身の障害を受け入れることができていない可能性が考えられる。曽我部がどういった人生を歩んできたのかは知る由もないが、現実の社会において、軽度の知的障害者は、その障害を見過ごされることはよくあり、捕まって初めて発覚するということがさほど珍しくない。もしくは、障害が発覚しても自身で理解しきれないケースもありえる。
 じっさい、その答えはどっちでもよいのだが、注目しているのは、現代社会において比較的センシティブな要素である「障害」を設定に盛り込んでいることである。たんに「弱者」という設定でいきたいのであれば、ウシジマくんでみられた「家は貧乏で父親はおらず、母親は風俗嬢で男が家に入り浸っており、学校でひどくいじめられた。高校にも行けず中卒でフラフラしている。」というような要素でもいいはずである。そこにあえて攻めたワードを盛り込んでいることに、作者の意図を感じずにはいられないのだ。
 ただ、軽度の知的障害者の裁判において、その多くは責任能力が問われるところであり、判決にどう影響するかというと正直勉強不足でよくわかっていない。そういったところもふくめて、連載を心待ちにしているところがある。

 読んでくださり、ありがとうございます。薬師前も京都の地名でござんすね。紅葉のいい時期になってまいりました。

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